CRITIQUE

てんやわんや

『てんやわんや』
水着姿の淡島千景は、凄惨な現実の上に横臥する
荻野洋一

いろいろなことで記憶されるべき映画──。
『てんやわんや』(1950)を一言で説明するなら、そんな謎かけじみた曖昧な言い回しとなってしまう。映画のファーストシーンは出版社のストライキである。社長のいどころを知っているらしい秘書の花輪兵子、通称「花兵(ハナヘイ)ちゃん」はストライキをよそに社の屋上で日光浴。ストライキ中の従業員たちがいきり立って屋上に駆け上がると、花兵ちゃんを演じる淡島千景がサングラスをかけ、なまめかしい水着姿で横たわっている。


水着姿で横臥する淡島千景こそ『てんやわんや』の伝説的なイコノグラフィーであり、と同時に戦後日本映画のあけぼのであり、アプレガール第1号の誕生の瞬間であった。1930年代から宝塚歌劇で娘役トップスターとして活躍した淡島千景が、宝塚に辞表を提出し、ライバル社の松竹で映画デビューを図ったのが『てんやわんや』だったのであり、じじつオープニングでも「花輪兵子 淡島千景(入社第1回)」と誇らしくクレジットされている。


この淡島千景の衝撃的な映画デビューに比べれば、獅子文六の素晴らしい詩情とユーモアを称えた毎日新聞の連載小説『てんやわんや』の臆病な主人公・犬丸順吉、通称「ドッグさん」を、佐野周二がいつもながらの上品な素朴さで演じていていることなど、さしたるトピックではないように思える。戦後混乱期の世知辛い大東京を嫌悪するドッグさんを佐野周二はけれんみなく演じているものの、原作小説に影を落とす戦犯意識のせめぎ合いがすっぽり抜け落ちている。


原作者の獅子文六は、太平洋戦争中に戦意高揚小説を書いたことで、戦争責任の自戒と戦犯意識にさいなまれた。『てんやわんや』のドッグさんが戦後の強風に吹かれるまま翻弄されるさまは、そんな作者の暗い心理がユーモア描写のおもてうらに刻まれた。しかし渋谷実監督は本作の映画化にあたり、そんな作者の暗い意識なんぞ大胆に省略した。四国の田舎町に隠遁したドッグさんを花兵ちゃんが彼女のパトロンでもある社長(志村喬)と共に訪ね、東京vs田舎のカルチャーギャップ的喜劇性をこれでもかと盛り上げる。松竹大船でエース監督の座を渋谷実と争った木下惠介が『てんやわんや』の翌年に『カルメン故郷に帰る』(1951)を作り、田舎町を訪れたアプレガール2人(高峰秀子&小林トシ子)が騒動を巻き起こす。これには、前年の渋谷実が現出せしめた淡島千景=花兵ちゃん=アプレガール第1号を意識していなかったとは、どうしても思えない。戦後の松竹映画は小津安二郎の復員によって開始されるのではない。渋谷実+淡島千景、そして木下惠介+高峰秀子の両コンビが競作したアプレゲール2大コメディ『てんやわんや』と『カルメン故郷に帰る』によって、高らかにファンファーレが鳴らされたのだ。


ファンファーレ、と言えばこの映画のオープニングは伊予の夏祭りをタイトルバックとしているが、そこで鳴らされる伊福部昭によるけたたましいスコアは、祭り囃子の音頭調子を軽々と超越し、四国はおろか、はるか遠く南太平洋のどこかの島の部族がかき鳴らす、ダイナミックきわまりないアースビートと化している。戦前からアイヌやニヴフといった北方少数民族のビート研究に余念のなかった伊福部昭が、あの世界的にあまりにも有名な『ゴジラ』(1954)のオリジナルサウンドトラックを作曲するのは、『てんやわんや』からわずか4年後のことである。

てんやわんや

伊福部昭による太古のビートに引っ張られたわけでもないだろうが、『てんやわんや』はとかく四国の田舎町の土俗性が強調される感がある。「ツキアイ」(闘牛)、「牛鬼」(祭礼で戦われる巨大な牛のハリボテ)、宴会における飽食の極みである「鉢盛り料理」、河童が馬を引っ張って河にはめる伝説etc. 主人公のドッグさんに村の生娘がお伽をして差し上げるという、異常なまでに前近代的、女卑的、猥褻な習俗まで登場する。原作よりも映画の方が明らかに悪ノリしていると思われるのが、地元の男たちによる四国独立運動の描写だ。
廃寺の和尚「わしらの求心運動は、その…四国独立ですたい」
ドッグさん「四国独立? 革命でもやるんですか?」


「四国独立」という文言が飛び出た瞬間、伊福部昭のスコアがこれ見よがしに、ガンガンガン、ガンガガン、ガンガンガン、ガンガガンとけたたましく打ち鳴らされ、ゴジラか大魔神でも化けて出てきそうな気配となる(ちなみに両方の怪物とも伊福部昭のスコアだ)。しかし考えてもみれば、本作が公開されたのは1950年7月。終戦から5年弱しか経過していない。ゴジラが空襲に焼き出される市民の恐怖を、大魔神が圧政に苦しむ庶民の絶望を体現していたとすれば、この地鳴りのような、頭痛を助長するようなガンガンガン、ガンガガンというビートは、復興に沸く戦後社会に向けた、近過去からの怨嗟のこもった時の鐘なのではないだろうか。


ここでファーストシーンに戻ろう。ストライキ中の出版社屋上。水着姿で快活に日光浴に興じる花兵ちゃんの背景には、有楽座の『ジャンヌ・ダーク』(1948)巨大ビルボードが見える。どうやらこのシーンがロケ撮影されたのは、ヴィクター・フレミング監督、イングリッド・バーグマン主演のRKOラジオピクチャーズによる超大作が日本公開される1950年6月30日あたりのことだったのだろう。お隣の日比谷映画劇場はまだ建築中だ。眼下では山手線と京浜東北線がたえまなく通過しているが、首都高速はまだ存在せず、外堀の細長い水路がにぶく光っている。おそらくロケされた屋上のビルは、現在で言うところの銀座ナンパの聖地「コリドー街」にあったとおぼしい。


巨大ビルボードに見える『ジャンヌ・ダーク』が6月30日公開。『てんやわんや』の全国松竹系公開が7月25日。ここで注意しなければいけないのは、金日成率いる北朝鮮軍が38度線を越えて大韓民国を攻撃開始したのが、6月25日であること。つまり『てんやわんや』は朝鮮戦争の火薬の匂いが濃厚に立ちこめる初夏に製作され、開戦のちょうど1ヶ月後の夏休みに公開されたのである。朝鮮特需による爆発的景気がすぐそこにあり、と同時に第三次世界大戦の恐怖、原子爆弾の悪夢が再び現実味を帯びている真っ只中の作品ということになる。


淡島千景=花兵ちゃんの快活なアプレゲールぶりも、どこに行っても臆病卑屈なドッグさんの不安げな佇まいも、銀座・有楽町のダイナミックな街景も、四国の住民の土俗的精神性も、四国独立を掲げる滑稽さも、すべて冷戦のはじまりのもとでの刹那の躁状態が生み出したマグマである。


2021年の私たちがいま生きているのは100年に一度、いや数百年に一度ともいえる未曾有の疫病禍の中である。当然のごとく、芸術表現もそこから無縁ではいられない。作品は常にこの現実の中から、そしてその現実そのものを種子にして生まれ出る。『てんやわんや』を見る私たちは、目と鼻の先にある朝鮮半島における凄惨な戦渦を想像しながら見ていかねばならない。と同時に、渋谷実のクールな風刺精神、淡島千景のあふれんばかりの魅力、そうしたものも現実と絡み合っている。それらを全部、貪欲に平らげるような豪気な精神で『てんやわんや』を受け止める。それは2020年代に生きる私たちの務めであり、また、この困難な時代に生き延びようともがく私たちの矜持でもあるのではないだろうか。

荻野洋一(おぎの よういち)

番組等映像演出/映画評論家。「カイエ・デュ・シネマ」日本版の創刊時から休刊まで毎号にわたり深く関わり、数多くの批評を寄稿した。現在は「キネマ旬報」「リアルサウンド」「NOBODY」「現代ビジネス」等に映画評を執筆。